監修: 代表取締役 佐藤 望(建設業界30年・建設業経理士1級/記事末に経歴)
最終確認日: 2026年11月1日(調査の数字と条文は、この日に厚生労働省とe-Govの原文で確かめました)
この記事は、社員30〜150人ほどの建設会社の社長と、総務・経理の責任者に向けて書いています。元請や一次下請として工事を持ち、現場のもうけを見ながら、職人の手配やお給料の支払いを回している方です。
よその会社が賃上げを続け、若手や中堅が引き抜かれる。けれど受注の単価は読めず、令和8年(2026年)の賃上げを決めきれていない。そんな状況ではありませんか。
厚生労働省が令和8年10月21日に出した調査では、建設業の賃上げ額は、全産業でいちばん高いところにありました。一方で、年内に賃上げをするかどうかをまだ決めていない「未定」の会社の割合も、建設業がいちばん高かったのです。
この記事の結論は1つです。賃上げ額は世間の額に合わせず、上げ幅を仮に置いて、現場と全社で払えるかを確かめてから決めます。
建設業の賃上げは額も率もトップ。けれど「未定」も最多
まず「よその会社はどうしているか」を、厚生労働省「令和8年賃金引上げ等の実態に関する調査」で見ます。調べた時期は令和8年7月20日〜8月10日で、夏のころの答えです。
この調査は、常用労働者100人以上の会社だけが対象です。100人未満の会社は入っていません。100人には、期間を決めずにやとわれている人のほか、1か月以上の期間でやとわれている人も数えます。賃金の数字は、期間を決めずにやとわれている人だけの平均です。ふだんの「社員の数」とはちがうので、30〜150人の会社では、入るかどうかが会社ごとに変わります。
(出典: 厚生労働省「賃金引上げ等の実態に関する調査」調査の概要/同「主な用語の定義」)
| 令和8年の賃金の改定 | 建設業 | 運輸業、郵便業 | 全産業 |
|---|---|---|---|
| 1人平均賃金を引き上げた・引き上げる | 85.1% | 81.1% | 92.0% |
| 引き下げた・引き下げる | なし | 3.0% | 0.4% |
| 変わらなかった・変わらない | なし | 0.8% | 0.4% |
| 賃金の改定を実施しない | なし | 0.2% | 2.1% |
| 未定 | 14.9% | 14.8% | 5.1% |
(出典: 厚生労働省「令和8年賃金引上げ等の実態に関する調査の概況」第1表。表の「なし」は原表で「-」)
ここでいう「未定」は、1〜8月に賃金を改定しておらず、9〜12月に改定するかどうかもまだ決めていない会社です(第1表の注)。額だけが決まっていない会社ではありません。上げる・上げないの判断そのものが、まだついていない会社です。
建設業の未定14.9%は産業の中でもっとも高く、運輸業、郵便業の14.8%が続きます。前の年の令和7年は、「引き上げた・引き上げる」が89.6%、「未定」が10.4%でした。1年で、未定の割合が上がっています。

次は、いくら上げたかです。
| 1人平均賃金の改定 | 建設業 令和8年 | 建設業 令和7年 | 全産業 令和8年 |
|---|---|---|---|
| 改定額 | 20,599円 | 20,724円 | 13,926円 |
| 改定率 | 5.5% | 5.9% | 4.4% |
(出典: 同 概況 第2表)
建設業の20,599円と5.5%は、どちらも表に並ぶ産業でいちばん高い数字です。なお全産業の13,926円は、下げた会社や改定しない会社もふくめた平均で、上げた会社だけでは14,257円・4.5%です。

自社に当てはめる前に、3つの注意
「うちも2万円上げないと人が取られる」と考える前に、数字の作られ方を3つ確かめます。
| 注意 | 中身 | 自社に当てるとき |
|---|---|---|
| 1 対象は100人以上 | 常用労働者100人以上の民間の会社が対象 | 100人未満の会社の額は分からない |
| 2 額まで決めた会社の平均 | 改定額・改定率は、額まで決まった会社と、改定しない会社の数字。未定の会社は入らない。人数で重みを付けた平均 | 人数の多い会社の結果が強く出る。未定の14.9%がいくら上げるかは入っていない |
| 3 所定内賃金の話 | 1人平均賃金は所定内賃金(手当はふくむが、残業などの割増手当はふくまない)の1か月の平均 | 残業代や賞与を含めた年収の比べではない |
(出典: 厚生労働省「利用上の注意」/同「主な用語の定義」/第2表の注)
つまり20,599円は「100人以上で、額まで決めた建設会社」の平均で、そのまま自社のめあてにする根拠にはなりません。
もう1つ、定期昇給(定昇)の制度がある会社は、建設業で95.7%と、全産業の84.2%より多くなっています。ただし、これは改定した・する予定の会社と、改定しない会社のうちの割合で、未定の会社はふくみません。
(出典: 同 概況 第3表)
定昇の制度があるなら、賃上げ額を「制度で決まる分」と「上乗せ分」に分けると、決める額がはっきりします。調査の額は定昇もこみなので、上乗せ分だけを20,599円と比べないでください。
決めかねるうらには、売る値段の見通しがある(全産業の数字から)
社長に賃上げのことを聞くと「来年の単価が見えないから」と返ってくる。よくある場面です。同じ調査に、この迷いに近い数字があります。ただし、次の数字は全産業の数字で、建設業だけの数字ではありません。
| 全産業・賃金の改定の状況 | 販売価格が「上昇」と答えた割合 |
|---|---|
| 1人平均賃金を引き上げた・引き上げる会社 | 52.1% |
| 賃金の改定が未定の会社 | 32.8% |
(出典: 同 概況 第6表)
全産業では、未定の会社は、販売価格が上がったと答えた割合が、引き上げた会社より低くなっています。値段の見通しが立たないことが、迷いの一因かもしれません。ただ、これは推測で、建設業で同じかはわかりません。
改定でもっとも重視したのは、全産業で「企業の業績」46.0%、次が「労働力の確保・定着」12.1%でした。
上げ幅を仮に置いて、払えるかを確かめる
確かめるときの材料の1つが、見積書です。建設業法第20条1項は、工事の種類ごとに材料費や労務費などを書いた見積書を作るよう求めています。作るのは努力義務ですが、注文者に求められたら、契約までに渡さなければなりません(第20条4項)。
(出典: e-Gov法令検索「建設業法」第20条)
手順は4つです。3と4には、実行予算が使えます。組み方は建設業の実行予算の作り方|脱どんぶり勘定の原価管理にあります。
| 手順 | やること | 使う資料 |
|---|---|---|
| 1 上げ幅を仮に置く | 1人あたり、所定内賃金の月額でいくら上げるか(定昇の分もこみ)を仮に決める。調査の20,599円と比べるのはこの額 | 賃金台帳 |
| 2 年間の追加費用を出す | 仮の上げ幅×12×人数に、賞与・残業代へのはね返りと、会社負担の社会保険料の増える分を足す | 賃金台帳・賞与の規程 |
| 3 現場で払えるか見る | 主な現場3つで、契約内訳の労務費のうち自社で施工する分と、着工から完成までに自社の職人に払う賃金(払った分+残りの見込み。現場管理費に入れた技術者の給与は外す)を比べ、上げた後も収まるかを見る | 契約内訳・日報・工事別の原価 |
| 4 全社で検算する | 全社の損益予算に2を入れ、赤字にならないかを確かめる(工事原価に配った分と本社に残る分を二重に数えない)。赤字なら、上げ幅を下げるか、値段の見なおしを先にする | 完成予想原価・全社の損益予算 |

20,599円と比べるのは、手順1の所定内賃金の月額の上げ幅だけです。賞与や社会保険料のはね返りは、比べる額に入れません。労務費の差だけでは、材料費や外注費がこえた分や本社の費用が見えないので、手順4の検算までやります。賃上げは来年からも続くので、損益の予算は来年の受注の見こみで見ます。
見積書の労務費を守るきまりを、強さごとに並べます。
| 条 | 書いてあること | 強さ |
|---|---|---|
| 第20条2項 | 見積書に書く材料費等の額は、その工事に通常必要と認められる材料費等の額を著しく下回ってはならない | 建設業者への禁止 |
| 第20条6項・7項 | 注文者は、見積書を出した建設業者に、通常必要と認められる材料費等の額を著しく下回ることとなるような変更を求めてはならない。違反した発注者には、一定の条件で勧告がある | 注文者への禁止 |
| 第19条の3 | 注文者は、取引上の地位を不当に使って、通常必要と認められる原価に満たない金額で契約してはならない。建設業者も、国土交通省令で定める正当な理由がある場合を除き、通常必要と認められる原価に満たない金額で契約してはならない | 両方への禁止 |
| 第25条の27 2項 | 建設業者は、能力の公正な評価にもとづく適正な賃金の支払いなどに努める | 努力義務 |
| 第34条2項 | 国の審議会が「建設工事の工期及び労務費に関する基準」を作り、守るよう勧告できる | 基準の根拠 |
(出典: e-Gov法令検索「建設業法」第19条の3・第20条・第25条の27・第34条)
第20条6項が守るのは、見積書を出した建設業者です。比べる相手は、出した見積の額ではなく、その工事に通常必要と認められる額です。労務費を書いた見積書を出しておけば、通常必要と認められる額を著しく下回る求めをことわるときの足場になります。
この記事では、賃上げ額の決めかただけを書きます。値上げの切り出し方は建設業の価格転嫁|利益を守る価格交渉5ステップに、労務費の書き方は建設業の見積書|相見積もりで「安いほう」と言われない根拠の作り方にあります。
統合最適化メソッドで見る: 人・DX・収益
賃上げ額は、経理の計算だけでは決まりません。アプリバンクの統合最適化メソッドの3つの軸で、することを並べます。
| 軸 | 何をするか | 効くところ・測るもの |
|---|---|---|
| 人材育成 | 賃上げの配り方を、能力の評価と結びつける。上乗せ分は、技能が上がった人に厚くする | 若手・中堅に、上がる道筋が見える。辞める人の数 |
| DX推進 | 見積書の労務費と、日報・給与の実績を同じ表で見られるようにする | 現場ごとの「載せた労務費」と「払った賃金」の差が、毎月そろう |
| 収益改善 | 差がマイナスの現場から、次の見積の値段を見直す | 賃上げ後も赤字にならない現場の割合 |
見積書の労務費と払った賃金を並べると、現場の余裕を見る材料の1つになります。全社で払えると確かめられれば、評価にそって配れます。配り方が見えれば、人が残り、次の受注を支えます。3つの軸はこの順でつながります。
評価と賃金の結びつけかたは、建設業の人事評価制度|CCUSの4レベルを等級表の背骨にするで書いています。
よくある質問
Q. 社員100人未満の会社は、この調査の数字を使えませんか
使うときは、100人以上の会社の数字だとことわって使います。自社の額は、上げ幅を仮に置いて、払えるかを確かめて決めます。
Q. 「建設業の15%が賃上げしない」という意味ですか
違います。ただし「上げる」とも決まっていません。14.9%は、1〜8月に改定しておらず、年内に改定するかどうかをまだ決めていない会社です。結果として上げない会社がどれだけ出るかは、わかりません。
Q. 20,599円に合わせないと、人が辞めませんか
この額は100人以上の会社の平均で、定昇の分もこみです。比べるなら、同じくらいの規模や地域の求人の条件のほうが近くなります。
Q. 見積書に労務費を書くのは義務ですか
作るのは努力義務です(第20条1項)。ただし、注文者から求められたら、契約までに渡さなければなりません(第20条4項)。書いて出しておくほうが、交渉の足場になります。
まとめ: 明日やる1つ
建設業の賃上げは、1人平均20,599円・5.5%で全産業の上位でした。同時に、14.9%の会社が、年内に賃上げをするかどうかをまだ決めていません。ただし、この調査は100人以上の会社だけが対象です。
明日やることは1つです。上げ幅を1つ仮に置き、主な現場3つの契約内訳から労務費を書き出してください。完成までに払う賃金と並べるのが、払えるかを確かめる一歩目です。
書き出した数字から賃上げ額をどう決めるか、一緒に整理することもできます。アプリバンクの無料経営相談(60分・毎月5社まで)をご利用ください。
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出典一覧(取得日 2026-11-01)
- 厚生労働省「令和8年賃金引上げ等の実態に関する調査の概況」(令和8年10月21日公表): https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/chingin/jittai/26/index.html(第1表 01.pdf・第2表 02.pdf・第3表 03.pdf・第6表と最も重視した要素 04.pdf)
- 厚生労働省「賃金引上げ等の実態に関する調査」調査の概要(調査の時期 令和8年7月20日〜8月10日): https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/12-23a.html
- 同「利用上の注意」: https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/dl/12-23-04-r08.pdf
- 同「主な用語の定義」: https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/dl/12-23-03-r08.pdf
- e-Gov法令検索「建設業法」第19条の3・第20条・第25条の27・第34条(最終改正施行 2025-12-12): https://laws.e-gov.go.jp/law/324AC0000000100
本記事は一般的な情報提供です。賃金制度や就業規則の変更は社会保険労務士に、契約や見積の法的な解釈は弁護士にご確認ください。
更新履歴: 2026-11-03 公開
監修

監修:佐藤 望(株式会社アプリバンク 代表取締役)。建設業界30年。大手ゼネコンで国内の大規模プロジェクトを担当し、海外では子会社の立ち上げと経営再建に従事。
保有資格は認定ファシリティマネジャー/日商簿記1級/建設業経理士1級/第一種衛生管理者。日本内部監査協会 会員、東京商工会議所 会員。
株式会社アプリバンクは、経済産業省「DX認定事業者」(DX-2026-06-0021-01)。建設業に特化し、人材育成・DX推進・収益改善を統合した支援(統合最適化メソッド)を提供。お問い合わせは無料経営相談または TEL 03-6826-0180 へ。
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